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東京地方裁判所 昭和47年(ヨ)2292号 判決 1973年5月18日

申請人 風間忠 外一名

被申請人 日本冶金工業株式会社

主文

一  被申請人が昭和四七年一月一四日申請人らに対してなした休職処分の効力を仮に停止する。

二  被申請人は昭和四七年一月一四日から本案判決確定に至るまで、当月一日から末日までを一か月として、

(一)  申請人風間忠に対し、翌月五日限り金三二、七七二円および翌月二〇日限り金二一、八四八円

(二)  申請人青木伸太郎に対し、翌月五日限り金三一、四一六円および翌月二〇日限り金二〇、九四四円

の月額割合による金員を仮に支払え。

三  申請人らのその余の申請をいずれも却下する。

四  訴訟費用は被申請人の負担とする。

事実

第一申請の趣旨

一  被申請人が昭和四七年一月一四日申請人らに対してなした休職処分の効力の発生を仮に停止する。

二  被申請人は昭和四七年一月一四日から、

(一)  申請人風間に対し、毎月二〇日限り金二一、八四八円および翌月五日限り金三二、七七二円

(二)  申請人青木に対し、毎月二〇日限り金二〇、九四四円および翌月五日限り金三一、四一六円の割合による金員を仮に支払え。

三  被申請人は申請人らが神奈川県川崎市川崎区小島町四番二号所在の被申請人川崎製造所構内に入構することを妨げてはならない。

四  訴訟費用は被申請人の負担とする。

第二申請の趣旨に対する答弁

一  申請人らの申請をいずれも却下する。

二  訴訟費用は申請人らの負担とする。

第三申請の理由

一  被申請人は特殊鋼および軽合金の製造、加工ならびに販売等を営む株式会社であつて、神奈川県川崎市川崎区小島町四番二号に川崎製造所を有している。

申請人風間は昭和三八年四月一三日、同青木は同月一四日被申請人に雇用され、いずれも川崎製造所圧延部冷延課精整係に勤務している。なお、申請人らは日本冶金工業株式会社労働組合(以下組合という。)に加入しており、その川崎支部に所属している。

二  被申請人は昭和四七年一月一四日申請人らに対し同日より休職を命じ、同日以降申請人らを休職者として取り扱つている。被申請人の就業規則第六九条には、会社業務の都合による休職者(申請人らはこれに該当しない。)を除き、休職者には原則として賃金を支払わない旨の定めがある。そのため、申請人らは、休職を命じられたことにより、被申請人から賃金の支払いを受けられなくなり、また川崎製造所構内に立ち入ることも妨げられている。

しかし、この休職処分は、その事由がないのになされたものであるから、無効である。

三  申請人らの休職を命じられた昭和四七年一月一四日当時における賃金は、申請人風間が月額金五四、六二〇円、同青木が月額金五二、三六〇円であり、当月一日から末日までを計算期間として、毎月当月二〇日限り月額の四割部分、翌月五日限り月額の六割部分の支払いを受ける約である。

四  申請人らは被申請人から休職者として取り扱われ、賃金の支払いを受けられないため、その生活に著しい支障を来たしているし、川崎製造所構内に立ち入ることを妨げられているため、組合活動もできない状態にある。したがつて、申請人らは本案判決の確定をまつていては回復し難い損害を被る。

五  よつて、申請人らは本件休職処分の効力の発生を仮に停止することを求めるとともに、被申請人に対し賃金請求権および川崎製造所構内への立入権を有するので、被申請人が昭和四七年一月一四日から、申請人風間に対し毎月二〇日限り金二一、八四八円および翌月五日限り金三二、七七二円の割合による賃金を、また同青木に対し毎月二〇日限り金二〇、九四四円および翌月五日限り金三一、四一六円の割合による賃金を仮に支払うことならびに申請人らが川崎製造所構内に入構することを妨げてはならないことを求める。

第四申請の理由に対する認否

第一項の事実は認める。第二項は、本件休職処分がその事由のないのになされたものであるから無効であることは否認し、その余の事実は認める。第三項は、賃金月額の四割部分の支払期日は否認し、その余の事実は認める。賃金月額の四割部分の支払期日は翌月二〇日である。第四および第五項の事実は否認する。

第五抗弁

申請人らに対する本件休職処分は、次のような理由から、就業規則第四六条第七号ならびに被申請人と組合との間に締結されている労働協約第二八条第一項第七号に基づいてなされたものであつて、適法にして有効なものである。

就業規則の右規定の内容は次のとおりである。

従業員が次の各号の一に該当するときは原則として休職を命ずる。

七 刑罰法規に違反して起訴され刑の確定しないとき

労働協約第二八条第一項第七号も、就業規則の右規定の従業員とあるのを組合員と読み替えれば、これと同趣旨である。

一  申請人らに対する起訴

申請人らは、昭和四六年七月二六日いわゆる成田新空港(正しくは新東京国際空港という。)建設にともなう建設用地内の土地等に関する妨害物除去土地明渡し仮処分命令執行反対闘争に参加し、千葉県成田市駒井野字広田一、〇〇二番の二付近において兇器準備集合罪および公務執行妨害罪の嫌疑により逮捕され、引き続き勾留された後、同年八月一六日右両罪名により千葉地方裁判所に起訴された。

二  申請人らを就業させることを不適当とする事情

(一)  被申請人の対外的信用に対する影響

刑事事件に関する起訴が厳正に行なわれ、その結果起訴された事件の有罪率が極めて高いわが国の刑事裁判の実状からすると、申請人らは、起訴されたことによつて、相当程度客観性のある犯罪の嫌疑を受けたものと社会的に評価されることを免れない。ことに、申請人らに対する公訴事実によれば、起訴にかかる申請人らの行為は、成田新空港の建設が軍事基地の造成であるとの立場から、同空港建設にともなう前記仮処分命令の執行を多数の集団の暴力をもつて妨害し、警察官殺害事件をも引き起こしたりなどして、現行法体制そのものに対し暴力的破壊活動をもつて反抗した大紛争事件の一環をなすものであつて、この大紛争事件は社会的に喧伝され、この事件ならびにその被告人らに対しては強い社会的非難がなされている。それに、被申請人は国家防衛の用に供される防衛的製品の製造も一部しているので、顧客のうちには防衛庁等の官公庁が含まれている。したがつて、申請人らが起訴後も引き続き業務に従事するときは、被申請人はその対外的信用を失墜するし、また申請人らが防衛的製品の製造に関連して職場でいついかなる暴力的破壊活動を起こすとも限らないので、もしそのようなことになれば信用失墜どころか顧客との取引関係にも影響することになる。

(二)  職場秩序の維持に対する影響

申請人らが起訴されたことによつて受ける社会的評価、申請人らに対する公訴事実からみた起訴にかかる申請人らの行為の性質およびこれに対する社会的非難等が前述のとおりであることからすると、申請人らが起訴後も引き続き就業するときは、職場秩序の維持に重大な影響を生ずる。のみならず、申請人らが後述のとおり公判期日に出頭したりなどするため就業できない場合には、その分担業務は他の従業員が引き受けなければならないから、これにより不満が生じ、このような状態が継続すれば不満がうつ積し、職場内の人間関係が悪化すること明らかである。また、申請人らに対する公訴事実からすると、起訴にかかる申請人らの行為は自己の思想ないし見解をもつて現行法体制に反して直接端的に暴力的破壊活動におよんだものであるところにその特色があるから、申請人らが就業中同僚や上司と何らか見解の対立を来たしたような場合には、申請人らは職場秩序に反して直接行動を起こし、職場秩序を混乱させるおそれがある。それに、申請人らは従来から社内規律等を遵守しないところがあつたのであるが、それがますます目立つようになり、むしろ企業秩序に反する活動を社内に持ち込もうとさえしている。このような申請人らを起訴にかかわらず就業させることは、職場秩序維持のうえから到底できないことである。

(三)  労務提供についての障害

申請人らは起訴後保釈され、本件休職処分当時は保釈中であつた。けれども、申請人らは刑事被告人として原則として公判期日に出頭する義務を負い(刑事訴訟法第二八六条)、申請人らに対する公訴事実の罪名と罰条からして、同法第二八五条第二項、第一項後段により公判期日に出頭する義務を免除される場合があるとしても、どの程度この出頭義務が免除されるか明らかではない。それに、申請人らは公判期日外においても弁護人との打合せや証拠の収集、整理等の事前準備を必要とし(刑事訴訟規則第一七八条の二等)、そのためにも相当の時間を必要とする。申請人らは保釈中とはいつても、刑事訴訟法第九六条第一項各号に該当する事由があればこれを取り消されるおそれもある。のみならず、申請人らは逮捕、勾留から起訴および保釈に至るまでの経過、申請人らに対する公訴事実ならびに公判期日等の公判手続等に関する被申請人の質問、調査に対し何らの回答もせず、これを拒否しているし、これまでもしばしば無断で欠勤していた。これでは、被申請人としては申請人らに安定した労務の提供を期待することはできないし、また申請人らがいつ就業できなくなるか予測し得ないから、これに対する代替労務の確保等の諸対策を講じることもできない。したがつて、申請人らを起訴後も業務に従事させるときは、業務の円滑な遂行が障害される。

第六抗弁に対する認否

冒頭部分は、就業規則ならびに被申請人と組合との間に締結されている労働協約に被申請人主張のとおりの内容の規定があることは認めるが、その余の事実は否認する。

一  申請人らに対する起訴について

認める。

二  申請人らを就業させることを不適当とする事情について

(一)  被申請人の対外的信用に対する影響について

否認する。

申請人らは、被申請人の名誉や信用を象徴するような地位にある従業員ではなく、機械的、肉体的業務に従事する末端の従業員であるに過ぎない。それに、申請人らに対する公訴事実やその罪名によれば、起訴にかかる申請人らの行為は、職場内におけるものでも、職務に関連するものでもあるいはいわゆる破廉恥罪に該当するものでもなく、職場外において政治的信条に基づき職務に関係なくなされた非破廉恥的なものである。また、それは申請人らと思想、信条を同じくする者とともになされた集団的行為であつて、申請人らの氏名や勤務先等が社会的に明らかとなるような個人的行為でもない。したがつて、申請人らが起訴されたことによりあるいは申請人らが起訴後も引き続き業務に従事するとしても、被申請人がその対外的信用を失墜することはない。現に、申請人らが起訴されたことによつて被申請人が非難されたということもない。

(二)  職場秩序の維持に対する影響について

否認する。

申請人らが被申請人の社内において占める地位、その担当職務の内容および申請人らに対する公訴事実やその罪名からみた起訴にかかる申請人らの行為の性質等からすれば、申請人らが起訴後も引き続き就業するとしても、職場秩序の維持に影響するようなことはない。

(三)  労務提供についての障害について

申請人らが起訴後保釈され、本件休職処分当時は保釈中であつたことおよび申請人らが従来無断欠勤したことがあつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

申請人風間は昭和四六年一一月二二日に、同青木は同月八日に保釈された。申請人らに対する刑事裁判の進行状況は、昭和四七年一月二一日に第一回公判期日が開かれ、以後一か月に一回位の割合で、昭和四八年二月二日当時までに一〇回の公判期日が開かれた程度である。そのうえ、共同被告人が多数である関係から、現在申請人らは刑事訴訟法第二八五条第二項、第一項後段の適用により公判期日への出頭義務が免除されている。そのため、これまでに開かれた一〇回の公判期日のうち、申請人風間は二回、同青木は三回出頭したに過ぎない。申請人らは年間一八日の有給休暇を有し、本件休職処分当時には昭和四七年の有給休暇として申請人風間は一六日、同青木は一〇数日を残していた。したがつて、このような裁判の進行状況からすれば、申請人らがその公判期日への出頭や弁護人との打合せ等に要する時間は有給休暇を利用するだけで十分まかなうことができたはずであるし、これからもそれで十分まかない得るはずのものである。また公判期日は事前に告知されるから、申請人らが公判期日に出頭するため被申請人に対し事前に連絡することなく就業しないということは考えられない。それに、申請人らの担当職務は代替性があり、従来申請人らの職場において欠勤者があつた場合には、職場の他の従業員によりその補充がなされてきていたのである。そうだとすれば、申請人らが起訴にかかわらず就業しても、業務の円滑な遂行を阻害することはない。

第七再抗弁

本件休職処分は著しく合理性を欠き、裁量の範囲を逸脱するものであるから、権利濫用として無効である。

第八再抗弁に対する認否

否認する。

第九疎明関係<省略>

理由

一  申請の理由第一項の事実は、当事者間に争いない。

二  申請人らに対する起訴と本件休職処分の発令

申請人らが、昭和四六年七月二六日いわゆる成田新空港(正しくは新東京国際空港という。)建設にともなう建設用地内の土地等に関する妨害物除去土地明渡し仮処分命令執行反対闘争に参加し、千葉県成田市駒井野字広田一、〇〇二番の二付近において兇器準備集合罪および公務執行妨害罪の嫌疑により逮捕され、引き続き勾留された後、同年八月一六日右両罪名により千葉地方裁判所に起訴されたことおよび被申請人が昭和四七年一月一四日申請人らに対し同日より休職を命じたことは、当事者間に争いない。成立に争いない乙第四号証の四および申請人青木の供述により成立を認める甲第八号証によれば、申請人らは、同空港建設がアメリカ合衆国の軍事的利用に供することを目的としたものであるとともに、申請人らの言葉を借りれば、「アジア侵略への日本列島大改造計画の一環である新全国総合開発計画における運輸、通信部門の大再編成攻撃」であり、同空港が建設されると航空機の騒音等による各種の公害が発生するとの理由で同空港建設に反対し、同空港建設にともなう右仮処分命令執行反対闘争に参加したものであることが認められる。

三  本件休職処分の効力

(一)  従業員(組合員)が刑罰法規に違反して起訴され刑の確定しないときは原則として休職を命ずる旨の就業規則第四六条第七号および労働協約第二八条第一項第七号の規定の内容は、当事者間に争いない。

私企業に雇用されている従業員が刑事事件に関して起訴された場合には、有罪判決が確定するまでは刑事訴訟法上においては無罪の推定を受けるにしても、起訴された事件の有罪率が極めて高いわが国の刑事裁判の実状からすると、相当程度客観性のある犯罪の嫌疑を受けたものとして、それなりの社会的評価を受けることは免れない。そうすれば、従業員が起訴されたりあるいはその起訴された従業員がその後も引き続いて業務に従事するときは、公訴事実の内容、その罪名と罰条、当該従業員の企業内における地位およびその担当職務の内容等のいかんによつては、企業の対外的信用を失墜させたりあるいは職場秩序の維持に支障を生ぜしめるおそれがある。また、刑事被告人は、公判審理が開始されれば原則として公判期日に出頭する義務を負い、場合によつては勾留されることもあるから、起訴された従業員はこのことにより完全な就労ができなくなることがある。そのため、企業としては、当該従業員からの安定した労務提供を期待できなくなる場合も生じ得るから、労働力の適正な配置による業務の円滑な遂行を阻害されるおそれもないではない。就業規則第四六条第七号ならびに労働協約第二八条第一項第七号の起訴休職に関する規定は、以上のような理由から、起訴された組合員たる従業員を被申請人の従業員としての身分を保有させながら、一時的に職務に従事させないことにし、これにより被申請人の対外的信用を保持し、職場秩序の維持をはかるとともに業務の円滑な遂行を確保しようとして設けられたものと解される。

しかし、従業員が起訴されたりあるいはその起訴された従業員がその後も引き続き就業するとしても、これによる企業の対外的信用や職場秩序の維持に対する影響の有無およびその程度は、公訴事実の内容、その罪名と罰条、当該従業員の企業における地位およびその担当職務の内容等によつて必ずしも一様ではない。また、業務の円滑な遂行の阻害の有無およびその程度も、当該従業員に対する身柄拘束の有無、その担当職務の内容ことにその代替性のいかん等によって異なつてくる。それに、就業規則第六九条に、起訴休職処分の場合には、休職者には原則として賃金を支払わない旨の定めがあることは当事者間に争いなく、成立に争いない甲第七号証によれば、就業規則第四七条第四号(甲第七号証の就業規則に第八七条とあるのは、その前後の記載に照らして、第四七条の誤記と認める。)ならびに労働協約第二九条第四号には、起訴休職処分の場合には、その休職期間を必要な期間とする旨の定めがあり、一方就業規則第五三条第三号ならびに労働協約第三五条第三号には、懲戒の種類を譴責、減給、出勤停止および懲戒解雇の四種とし、出勤停止の場合には始末書を提出させ、一か月以内出勤を停止し、その期間の賃金を支給しない旨の定めがあることが認められる。

これによれば、就業規則第四六条第七号ならびに労働協約第二八条第一項第七号に基づく起訴休職処分は、一時的にせよ就労から排除され、その間の賃金の支払いを全く受けられなくなる点において、懲戒処分である出勤停止に等しいものとなる。ことに本件休職処分のように休職期間の定めがない場合は、その期間は前記就業規則および労働協約の規定によつて必要な期間ということになるが、この必要な期間が何であるかは、専ら被申請人の主観的判断に委ねられるおそれがあり、申請人らは刑事裁判確定まで休職を解かれないことは十分予想されるところである。しかも、この種の刑事裁判の長期化の傾向を卒直に肯定するときは、起訴休職処分の場合は、出勤停止最長期間である一か月内に休職が解かれることは絶無というべく、相当長期間休職状態が持続するものとみなければならない。そうすると、その効果において、起訴休職処分は、出勤停止以上に過酷な処分ともなり得る。休職処分は懲戒処分とは性質を異にするのであるから、使用者は、懲戒的な意図をもつて従業員を休職処分に付してはならないのである。したがつて、無制限に過酷な休職処分が許されないように、起訴休職処分の規定は厳格に制限的に解釈されなければならない。右各規定は従業員が起訴されたことを要件の一つとしているが、起訴という事実だけが要件の全部を充足するものと解してはならないのである。すなわち、組合員たる従業員が起訴されたとしても、そのことのみをもつて当該組合員たる従業員を就業規則第四六条第七号ならびに労働協約第二八条第一項第七号により起訴休職処分に付することは許されない。前述したような起訴休職制度存置の目的からして、当該組合員たる従業員が起訴されたことにより、あるいは当該組合員たる従業員が起訴後も引き続き就業するときは、被申請人の対外的信用を失墜し、または職場秩序の維持に悪影響を生ずるおそれがあるとか、業務の円滑な遂行がかなりの程度阻害されるおそれがある場合に限つて、休職処分に付し得るものと解すべきである。特に前掲甲第七号証によれば、就業規則および労働協約に定める休職事由のうち、従業員の申出による休職(一号)および被申請人会社の業務の都合による休職(八号)を除いて、他は多く従業員として被申請人会社に対する労務の完全な提供が不能または困難となる場合(例えば私傷病による長期欠勤、長期事故欠勤、社外への出向、組合専従員への就任等二号ないし六号の事由)を休職事由としている。これらを対比してみれば、起訴休職の場合も、これにより完全な労務の提供が期待できないことを重視した規定と解されるのである。

(二)  前掲甲第八号証、成立に争いない乙第一号証、申請人青木の供述により成立を認める甲第一〇号証、第一五号証、証人石塚悦郎の証言により成立を認める乙第九号証、証人小市広明の証言により成立を認める乙第一五号証、証人金子国光、同浜田勝美、同石塚悦郎、同小市広明の各証言および申請人らの各供述によれば、次の事実が認められる。

1  申請人らに対する公訴事実の要旨は、申請人らは、「千葉地方裁判所執行官が行なう新東京国際空港建設用地内の土地等に関する妨害物除去土地明渡し仮処分命令の執行を実力で妨害、阻止しようと企て、多数の学生らと共謀のうえ、第一、右仮処分命令の執行援助および違法行為者の規制、検挙などの任務に従事中の多数の警察官ならびに仮処分執行官、同執行補助者らの生命、身体、財産に対し、共同して危害を加える目的をもつて、昭和四六年七月二六日午前五時ころから同日午前九時三〇分ころまでの間、成田市駒井野字広田一、〇〇二番の二付近において多数の学生らとともに竹槍、竹竿、丸太棒、石塊、火炎びんなどの兇器を準備して集合し、第二、同日午前五時二三分ころから同日午前九時三〇分ころまでの間、同所において前記執行官、同執行補助者らに対し、竹槍、竹竿で突き、殴打し、石塊、糞尿入りビニール袋、火炎びんを投げつけるなどの暴行を加え、もつて右警察官および右執行官の各職務の執行を妨害したものである。」というもので、その罪名は、公訴事実の要旨の第一の行為が兇器準備集合罪、同第二の行為が公務執行妨害罪である。そうすると、その罰条は、前者の罪が刑法第六〇条、第二〇八条の二第一項、昭和四七年改正前の罰金等臨時措置法第三条第一項第一号(法定刑は二年以下の懲役または二五、〇〇〇円以下の罰金である。)、後者の罪が刑法第六〇条、第九五条第一項(法定刑は三年以下の懲役または禁錮である。)ということになる。

2  被申請人は特殊鋼および軽合金の製造、加工ならびに販売等を営む株式会社であり、川崎製造所を有している。川崎製造所は三直交替制による二四時間操業でステンレスの薄板および帯鋼(以下単に薄板とか帯鋼ということもある。)等を製造し、一、九〇〇名位の従業員が勤務している。申請人らは川崎製造所圧延部冷延課精整係(但し、後に第三係と名称変更された。)に勤務していたが、精整係は薄板および帯鋼製造の最終工程である精整作業を行なっており、一〇〇名位の従業員がこれに従事している。そして申請人風間は他の従業員三五名とともに薄板を伸張して平坦に矯正し、これを所定の寸法に切断する作業(この作業を担当する部門をリスケアー班という。)に従事していた。リスケアー班は各直とも一二名編成で、薄板を伸張して平坦に矯正する作業とこれを所定の寸法に切断する作業に各三名、薄板を品質により選別、仕訳する作業に六名が従事している。また、申請人青木は帯鋼を所定の幅に切断する作業(この作業を担当する部門をスリツター班という。)に従事していたが、スリツター班は各直とも三名編成で、帯鋼を切断機へ装着する作業、切断機の操作および切断された帯鋼を巻き取る作業に各一名が従事している。右各班とも、各直の勤務時間は、一直が午前七時から午後三時まで、二直が午後三時から午後一一時まで、三直が午後一一時から翌朝午前七時までであり、この直は一週間ごとに順次交替するとともに各直内における作業の分担も適宜交替している。ところで、右各班ではこのように作業の分担がなされているので、リスケアー班の場合は各直一二名のうち二名以上、スリツター班の場合には各直三名のうち一名でも欠けるとその作業を進めることができなくなる。したがつて、欠勤とか有給休暇等により欠員が生じた場合にはこれを補充しなければならないのであるが、右各班の作業はある程度の熟練を要するとともに危険もともなうし、また連係作業であるから作業の遂行には従業員間の和も必要とされるので、他の部門の従業員を欠員補充にあてることはできず、同じ班の欠員を生じた直の前後の直の従業員が早出あるいは残業という時間外労働によりこれを補充したり、あるいは精整係で監督者として各直に一名ずつ置かれている直担当者が作業についてこれを補充しなければならなくなる(以上の事実のうち、被申請人が特殊鋼および軽合金の製造、加工ならびに販売等を営む株式会社であつて、川崎製造所を有していることおよび申請人らが川崎製造所圧延部冷延課精整係に勤務していたことは、当事者間に争いない。)。

3  申請人らは起訴後も勾留されていたが、申請人風間は昭和四六年一一月二二日に、同青木は同月八日に保釈され、本件休職処分当時は保釈中であつた。申請人らに対する刑事裁判は、昭和四七年一月二一日に第一回公判期日が開かれ、以後同年中には二月一六日、三月九日、四月一三日、五月一八日、六月一九日、七月一三日、九月二二日、一〇月一九日および一一月二四日と、第一回を含めて一〇回の公判期日が開かれ、昭和四八年二月八日には第一一回公判期日が予定されていた。それに、申請人らを含む八七名に対する事件が併合審理されている関係で、申請人らは刑事訴訟法第二八五条第二項、第一項後段の適用により、同法第二九一条所定の冒頭手続が終了した後の第三回公判期日以降においてはほとんど公判期日への出頭義務を免除されていたので、昭和四七年中に開かれた一〇回の公判期日のうち申請人らがその出頭を義務づけられていたのは、申請人風間が三回、同青木が四回にしか過ぎなかつた。そして、これまでの公判期日の指定の仕方についてみると、約半年間のそれが事前に一度に指定されてきていた。なお、申請人らは年間一八日の有給休暇を有している(以上の事実のうち、申請人らが起訴後保釈され、本件休職処分当時は保釈中であつたことは、当事者間に争いない。)。

以上の事実が認められるので、これに基づいて以下申請人らが起訴されたりあるいは申請人らが起訴後引き続き就業することによる被申請人の対外的信用や職場秩序の維持に対する影響ならびに業務の円滑な遂行の阻害について検討する。

(被申請人の対外的信用に対する影響について)

申請人らに対する公訴事実の要旨によれば、起訴にかかる申請人らの行為は、それが真実であるとしても、被申請人の従業員としての申請人らの職務とは関係ないし、その職場内においてなされたものでもない。また、申請人らが成田新空港建設にともなう前記仮処分命令執行反対闘争に参加したのはその政治的信条に基づくものである。それに、申請人らは一、九〇〇名位の従業員が勤務する川崎製造所においてステンレスの薄板や帯鋼の製造業務に従事する一従業員であるに過ぎない。そうだとすれば、申請人らが起訴されたりあるいは申請人らが起訴後引き続き業務に従事するとしても、これにより被申請人の対外的信用にそれ程大きな影響を生ずるおそれがあるとは考えられない。もつとも、申請人らに対する公訴事実の要旨からすると、起訴にかかる申請人らの行為は、それが真実であれば、強い社会的非難を受けるような内容のものであるかも知れないし、成立に争いない乙第二号証の一ないし三によれば、成田新空港建設にともなう前記仮処分命令執行反対闘争に関するニユースは新聞等で広く報道されたことが認められる。しかし、申請人らの氏名や勤務先が明らかにされたというような事実を認めるに足りる疎明はないし、申請人らの被申請人における地位やその職務の内容等からすれば、右のような事情があるからといつて、被申請人の対外的信用にそれ程大きな影響を生ずるおそれがあるとは思われない。また、前掲乙第九号証および証人石塚悦郎の証言によれば、被申請人が防衛庁等の官公庁と直接あるいは間接にステンレス製品の取引関係があることが認められるが、申請人らが成田新空港の建設はアメリカ合衆国の軍事的利用に供することを目的としたものであるとしてこれに反対し、同空港建設にともなう前記仮処分命令執行反対闘争に参加したものであるとしても、これにより被申請人の対外的信用が失墜するということもできない。現に申請人らの起訴により、被申請人の社会的評価が低下したことを認めるに足りる疎明は全くないのである。

被申請人は、申請人らが防衛的製品の製造に関連して職場でいついかなる暴力的破壊活動を起こすとも限らないと主張するが、これは申請人らが起訴されたことあるいは起訴にかかる申請人らの行為と直接関係ないから、これを本件休職処分の理由とすることはできない。

(職場秩序の維持に対する影響について)

申請人らに対する公訴事実の要旨によれば、起訴にかかる申請人らの行為は、それが真実であるとしても、職場外においてその職務に関係なくなされたものであり、申請人らが成田新空港建設にともなう前記仮処分命令執行反対闘争に参加したのはその政治的信条に基づくものである。また申請人らはステンレスの薄板および帯鋼の製造という単純労務に従事する一従業員に過ぎず、その抱懐する思想信条によつて仕事の遂行が左右されるようなものではない。したがつて、申請人らが起訴されたりあるいは申請人らが起訴にかかわらず引き続き業務に従事するとしても、これにより職場秩序の維持に悪影響を生ずるものとは思われない。また、公判期日の日時のいかんによつては、申請人らがこれに出頭するために就労できないことも生じ、分担業務を他の従業員が時間外労働をしたりして引き受けなければならないことも皆無ではないかもしれないが、公判期日に出頭する場合だけであれば、その回数もさ程多くはないのであるから、これにより職場内の人間関係が悪化するとも考えられない。

被申請人は、起訴にかかる申請人らの行為や申請人らの従来からの勤務態度と行動からして、申請人らを就業させれば職場秩序を混乱させるような行動に出るおそれがあると主張するが、これは申請人らが起訴されたことあるいは起訴にかかる申請人らの行為とは直接関係ないから、これを本件休職処分の理由とすることはできない。

(労務提供についての障害について)

申請人らは起訴後保釈され、本件休職処分当時は保釈中であつて、身柄拘束を受けていたわけではない。したがつて、申請人らが本件起訴のため就労できなくなるのはほとんどが公判期日に出頭する場合に限定されてくる。このことと申請人らに対する刑事裁判の進行状況(特に公判期日の指定状況)、申請人らの職務の内容(特に三直交替制)および申請人らが年間一八日の有給休暇を有すること等によれば、申請人らが公判期日に出頭したりするために就労できなくなるとしても、それは極めて僅かの日数であつて、運用によつては当然有給休暇で消化できる範囲内のものと思われる。したがつて、これにより被申請人の業務の運営にそれ程大きな支障を生ずるものとは思われない。

そうすると、申請人らが起訴されたりあるいは申請人らが起訴後も引き続き業務に従事するとしても、これにより被申請人の対外的信用を失墜し、または職場秩序の維持に悪影響を生ずるとは認められないし、その業務の円滑な遂行が著しく阻害されるとも認められないから、申請人らに対する本件休職処分は就業規則第四六条第七号ならびに労働協約第二八条第一項第七号の適用を誤つたもので無効であるといわなければならない。

四  被保全権利と保全の必要性

以上のとおり、本件休職処分は就業規則第四六条第七号ならびに労働協約第二八条第一項第七号の適用を誤つたもので無効である。それなのに被申請人は申請人らを休職者として取り扱い、そのため申請人らは賃金の支払いを受けられないという法律上の不利益を被つている。したがつて、申請人らは本件休職処分の効力の停止を求める利益がある。

被申請人は、申請人らが休職者であるとして、昭和四七年一月一四日以降申請人らの就労を拒否しているのであるから、申請人らは同日以降分の賃金請求権を失わない。申請人らの同日当時における賃金は、申請人風間が月額金五四、六二〇円、同青木が月額金五二、三六〇円であり、当月一日から末日までを計算期間として、翌月五日限り月額の六割部分の支払いを受ける約であることは、当事者間に争いなく、成立に争いない乙第三号証によれば、被申請人会社の就業規則第六三条に賃金月額の四割部分の支払期日は翌月二〇日であるとの定めがある。そして、申請人青木の供述によれば、申請人らは本件休職処分以降においてはアルバイトやカンパ等によつてようやく生活費を得ている状態であつて、被申請人から賃金の支払いを受けられないため、その生活は窮迫していることが認められるから、申請人らは昭和四七年一月一四日から本案判決確定に至るまで右認定の賃金の仮払いを受ける必要性がある。

しかし、申請人らの川崎製造所構内への立入権については、申請人らが被申請人に雇用され、川崎製造所に勤務していることのみでは、直ちに申請人らにこの権利を認めることはできない。就労請求権は認められないからである。申請人らが組合に加入し、その川崎支部に所属しており、組合活動の自由を有するとしても、申請人らに一般的にこの権利を認めることはできない。労働者が団結権に基づいて、使用者に対する企業施設内への立入権という請求権があるという見解も、当裁判所の採らないところである。その他申請人らがこの権利を有することについては、主張、疎明がない。

五  結論

よつて、申請人らの申請は前項第一および第二段記載の範囲で相当と認められるので、保証を立てさせないでこれを認容する。申請人らのその余の申請は、被保全権利の疎明を欠くし、保証をもつてこれに代えることは相当でないので失当としていずれも却下する。訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岩村弘雄 安達敬 飯塚勝)

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